私のトラウマ、映画「学校の怪談」
あれは忘れもしない1995年夏。
小学生だった私はとある映画を観て、人生初のトラウマというものを味わうこととなりました。
それが当時上映されていた映画『学校の怪談』です。
怖くて途中リタイア
この映画けっこう大々的に宣伝してたんですよね。
私の通っていた小学校の図書館にもポスター?というかコラムみたいなのが張ってあって、「『学校の怪談』観てきたよ。ちょっと怖かったけどスゴク面白かった!テケテケがカワイイ!」なんてポップな感じで書いてあったので、「あんまり怖くはなさそうだな~」と思った私は父親に頼んで映画館に連れて行ってもらいました。
それが悪夢の始まりとなることを、この時の私はまだ知る由もありませんでした。
コラムや予告映像などを見る限りそこまで怖くはないだろうと舐めていた私はテンションが上がっており、上映開始までの待ち時間にパンフレットまで買っていました。
そしていざ映画本編が始まると・・・、怖かったんです。
ビビッてしまった私は、上映時間100分のうち、おそらく半分も観ないうちに父に「・・・怖い、帰りたい」と言って出てしまいました。
そうなんです!すごく怖かったんです!
この『学校の怪談』という作品に関して書かれた評価などを見ると、「ホラー映画というジャンルではあるが、そこまでホラー要素は強くなく、どちらかというと子供たちが力を合わせて困難を乗り越える冒険ジュブナイルものとしての側面が強い作品」とのこと。
ここにこの映画を観てトラウマになった子供がいますよ!
トラウマ系ジュブナイルとでも名付けたい気分です。
私は昔から「怖い物見たさ」というものが人一倍強い子供だったため、ホラー系の映像作品などはけっこう観ていて、子供にしてはホラー耐性がある方だと自負していたのですが、見事に打ち砕かれました。
何がそんなに怖かったのか?
確かに私はこの映画を最後まで見れないほどの恐怖を味わったわけですが、作品全体に恐怖したわけではなく、とあるワンシーンに出てくる、とあるお化けに恐怖したのです。
そのお化けこそが、その後も長きに渡って私の中にトラウマとして存在し続けた「動く人体模型」だったのです。
たかが人形と侮るなかれ、この作品に出てくる「人体模型」は露出した内臓部分が日本の誇る特撮技術が活かされた非常にグロテスクなものとなっており、しかも後ろから空気を送り込むという技術で心臓の鼓動なども表現しております。
そしてその何とも言えない無表情さで子供たちを襲うんですからたまったモンじゃありません。
気になる方は検索してみてください。今見ても気味が悪いです。
ちなみに、三作目にも人体模型が登場して子供たちを追いかけまわしますが、一作目の人体模型に比べればマイルドでカワイイもんです。
そもそもそれまで私は人体模型というものを知らなかったんですよね。
一応私の通っていた小学校にも理科準備室に人体模型があったのですが、低学年のうちは理科室自体そんなに使うこともなかったですし、ましてや準備室になんて入ったことはありませんでした。
つまり、この映画が私の人体模型初対面だったんですね。
初対面がこんなグロテスク&バイオレンスですから、それ以降私の中で「人体模型」=「恐怖」という公式が出来上がってしまったのは当然のことです。
当時は学校の怪談が流行っていた
今でこそホラーというジャンルが下火になっていますが、当時はホラー流行期で多くの映画やテレビ番組が作られていて、そんな中でも「学校」を題材にしたホラーは特に人気があり、たびたび話題になっていました。
中には、ホラーではないジャンルの作品でも「学校の怪談」を取り扱うようなこともありました。
例えば、90年代に堂本剛主演で初の実写ドラマ化された『金田一少年の事件簿』においても「学園七不思議殺人事件」という回があり、文字通り学校で起きる怪奇現象にかこつけた殺人事件を解決する話でした。(この話の「生物室の生首」もトラウマでした)
そんな感じで学校の怪談モノが量産されると、ちょくちょく顔を出すわけですよ。私のトラウマ「人体模型」さんが・・・。
そのたびに悪夢にうなされていました。
まとめ
今となっては怪談大好きホラ男くんとなった私ですが、やはり心のどこかで「動く人体模型」は他の怪なるモノたちとは別格の存在となっています。
子供のころのトラウマってこんなに尾を引くものなんですね。